ラプンツェル6

コックと叫んで部屋に飛び込んだおれだったが、室内は至って平和だった。

「あ、れ?

ホントにお袋・・・」

おれはてっきり、コックを連れ戻そうってヤツがお袋をかたってんだ、と思い焦っていたから、

へなへなと力が抜けるような気がした。

 

「びびった。お袋、なんで?」

「仕事が片付いたから早く帰っただけよ。

あなたも説明して?」

「あーこいつ、おれの好きなヤツ。」

と説明し、

「やりたくねー仕事させられてんだ。なんとかしてえ。」

希望を述べた。

 

朝からいくら考えても、おれ一人でどうにかできる問題とは思えなかった。

それが出来るなら、とっくにコックが自力でやってるだろう。

大人に頼るのはガキの証拠みてぇで悔しいが、警察か親しかいねぇと思った。

コックは警察は無駄だと思ってるみてぇだが、田舎の駐在にはできなくても、

東京の警察署なら助けてくれるかもしれない。

最終的に警察に行くにしろ、まずはお袋だ。

未成年のおれだけじゃ、信憑性に欠けるし、どうせ親を呼び出される。

 

「そうね。問題点は?」

「戸籍が無いこと、バックがヤクザなこと。他にあるか? 」

アホみてぇに口まで開けてポカーンとしているコックに尋ねる。

 

自慢じゃねーが、お袋は1言や、10読み取るんだ。

便利なんだが、おれが口下手になった原因だな。

 

「ちょっと待って!」ようやく回線が繋がってコックが慌て出す。

「おれは助けて欲しいなんて思ってない!

おれを気にかけてくれて嬉しかった、ありがとう。

おれはもうすぐ自由になるから、心配しないで。

あなた達が危険をおかす必要はありません。」

 

「コックさん、あなたね、死ぬ覚悟までしてるなら、

私たちの好きにさせても良いんじゃないかしら。

もし、今より悪くなるときには、止めないわ。」

自由ってなんだ、死ぬつもりか、と問いただしたかったが、お袋の手に制される。

 

「ホンモノの恐さを知らないから、言えるセリフだ!

・・・おれは大丈夫だから、放っといてください。」

 

「私ね、世界中の遺跡を見て回るのが子供の頃からの夢なの。

この子は剣道世界一になるんですって。

私たち、日本に住めなくても全然問題ないのよ。

私たちこそ大丈夫、心配しないで?」

 

「あなたは、子供の安全を一番に考えるべきだ。」

 

コックが拒んでんのはおれ達を案じてるせいだ。

なら、遠慮するこたぁねぇ。

ふんじばってでも、連れ出してやる。

「おれのことより、てめぇの心配をしろよ!

ごちゃごちゃ言ってねぇで諦めろ。

おれも、お袋もてめぇを離す気は無ぇぞ。」

 

「そうね。とりあえず、うちに行きましょう。

私の計画を聞く位の時間はくれるでしょう?

まずは、服を着て。」

 

服、おれが取り上げたんだった。

学生カバンからペタンコになった服を取り出して、コックに渡す。

もぞもぞと布団の中でひもを外し、パンツを履き、ズボンに足を突っ込んで、立ち上がる。

シャツは無いから、上半身は裸にジャケットを羽織ろうとしているところで、

後ろを向いたままのお袋が

「シャツが無いのね、買ってくるわ。」と出て行った。

コックがびっくりしている。

「鏡で見てたな。」と種明かししてやる。

 

「着てから立って、良かった・・・」

「食えねぇオンナなんだよ。強ぇしよ。」

「お前、マザコン?」

「んなんじゃねぇよ!」

聞き捨てならない言葉に振り向くと、

コックは再会後初めて見る優しい顔で笑っていた。

コックの頬に手を伸ばす。

 

「その顔が見たかった。」

コックは少しおれより背が高いけど、背伸びするほどでもなく

少し首を伸ばせば同じ高さに顔が届く。

 

「なぁ、キスしてぇ。」

両手で頬を挟み、眼を覗き込む。

 

「ダメだ。」

瞳は下を見ているが、逃げるほどの力は入ってない。

 

「一回だけ。」

鼻をこすり合わせるようにして頼むと、そっと瞼が閉じられた。

 

「一回だけ、だぞ。」

 

あとは夢中で咥内を貪った。

 

息苦しくなって、少し唇を離すと

「キスがこんな、気持ちいいなんて知らなかった。」

なんて言うから、息も整ってないのに、また喰らいついてしまった。

 

「一回だけ、て!」

「続きだから、まだ、一回だ」

「ずりぃ」

唇をくっつけたまま喋るうち、コックの手がおれの首に回ったのが嬉しかった。

 

お袋はYシャツとハサミを買って帰って来た。

コックがそれを持ってバスルームへ行ったとき、ふと思い出して、

ラプンツェルってなんだ?と尋ねた。

「ラプンツェルは野チシャっていう野菜よ。日本ではあまり食べないわね。」

野菜?

「童話って言ってたんだが。」

「あら、それならグリム童話だわ。

ラプンツェルは、魔女に入り口のない高い塔に閉じ込められている長い髪の娘よ。

魔女はラプンツェルの髪を梯子代りにしているの。

その姿を見初めた王子は、同じようにラプンツェルの元へ通うんだけど

隠れて逢瀬を重ねているうち、魔女にバレてしまう。

ラプンツェルは髪を切り取られ荒野へ放逐され、王子は魔女と戦い失明までするけれど

何年後かに、二人は再会し、王子の眼も治るのよ。」

 

そのとき、コックが現れた。

コックは長かった髪をバッサリと切り、

分け目を変えて、面白いほど印象が変わっていた。

 

お袋はコックを見つめ、話を続ける。

「ラプンツェルは、髪を切ってから幸せになるのよ。」

 

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