コックが出て行った音で我に返ったおれは、慌てて追いかけたが、
ややこしい作りのこのホテルはエレベーターホールにもすんなりたどり着けない。
なんとか外に出たものの、コックはもう影も形も見えなかった。
本人を捕まえるのは諦めて、同じ階であいつを買ったという相手を探した。
片っ端から訊ねて回り、何部屋めかで怪我だらけの三人の男を見つけた。
コックにこっぴどくやられたらしい。
なんだ、あいつ。
強ぇじゃねぇか。
おれは一人ほくそ笑んだ。
そいつらから聞き出した店に電話するも、今日はいない、と言われ、
明日4時に電話すれば指名できる、とのことだった。
物腰の柔らかい親切そうな男で、なんでこんなヤツらにコックが良いようにされているのか、
合点がいかない。
翌日、フロントで部屋を変わりたいと言うと、夕べの騒ぎは承知しているらしく、
ペコペコと謝罪された。
廊下の喧嘩に加え、部屋を訊ねてきた不審な男、との物言いに、
そりゃ、おれだ、と思ったが、バレてないことにホッとした。
本当に、補導されちまう。
4時になるのを待ちかねて、コックの店に電話した。
5時に連れて来るという。
もうすぐだ。
もうすぐ、コックに会える。
何でこんなに執着してるのか、わからねーが、とにかくもう一度会いたかった。
昨日のことも謝りたかった。
今、この手がかりを離したら、また10年会えない気がした。
今度こそ 逃がさねー。
もうすぐ
会える。
********
「ざっけんな。ガキが!親の金でホテトル呼んでんじゃねーよ!!」
コックは、開口一番がなり始めた。
「部屋まで変えやがって!」
顔を見せずに招き入れてから、コックとドアの間に立ちふさがったから、
コックに逃げ場はない。
厚い壁を揺るがす重い蹴りを放ってくるが、何故かおれに当てようとはしない。
しかも、逆におれが手を伸ばすと触るな、と後ずさって行く。
とうとう窓際まで追い詰められたコックは「触るな」と呟いてしゃがみこんでしまった。
おれは向かいにしゃがんで懇願する。
「触んねーから、逃げねーでくれ。
話したいだけなんだ。
昨日のを謝りたかっただけなんだ。」
話すことも謝られるようなことも無い、と顔を伏せたまま立ち上がったコックにムカついて、
触らない約束も忘れてつかみかかった。
「なんで逃げんだよ!」
コックの大人と思えぬほど、薄く軽い体をベッドに投げつける。
「金払えば良いんじゃねーのか!
セックスすりゃ良いのかよ!」
馬乗りになり、シャツを引き裂いた。
「ガキだと思って、舐めてんのか!?
できっこねーとでも、思ってんのか!?」
ベルトを引きちぎろうとするが、革のベルトはさすがに千切れず、外そうとバックルを引っ張るが
震える手はうまく動かない。
「強ぇくせに、なんで殴んねーんだよ!蹴りゃ良いじゃねーか!
そんなに、おれに触んの、イヤかよ・・・」
ガチャガチャとバックルを持って揺さぶりながら、おれは駄々をこねるガキのようだ、と頭の片隅で思った。
鼻の奥がツンと痛くなり、目の前の白いヘソが滲んで見えたとき、クシャと頭を冷たい手が撫でた。
「こんなにでっかくなったのに、泣き虫は直ってねぇのな。」
弾かれたようにコックの顔を見る。喉が詰まってうまく喋れない。
「なん、で、触っちゃ、いけねーんだ・・・」
コックは困ったように眉を寄せるが、目を逸らさないのが嬉しくてベルトから手を外し、のしかかるように抱きしめた。
「会いたかったのは、おれだけかよ。」
「そうだな。
正直、おれは会いたくなかった。」
一度は止まった涙がまた込み上げてくる。
「見てぇとは思ってたよ?
でもなぁ、見られたくなかった。」
はぁっと溜め息をつくコックの勝手な言い分に反論したいのに、喉が張り付いたように声が出ない。
ぎゅうぎゅうと首にしがみつき、鼻先をコックの頬にこすりつける。
「重いって。」と苦笑しながら、引き剥がそうとするコックの唇に食らいついた。
「ん!
や、やめ・・・」
鼻にかかった声に煽られて、
おれの頭を遠ざけようともがく手を握りしめ、差し込んだ舌で咥内を舐め回す。
と、腹に重い衝撃を受け、おれは天井まで吹っ飛んだ。
もんどりうって、床に落ち、ゲホゲホと咳き込むおれより、
ベッドの上で、蹴り上げた足だけが腹の上に折り畳まれた格好で、呆然としているコックの方が痛そうだ。
「やめてくれ。頼むから。おれにてめぇを汚させんな。」
「よご・・・」
「マリモは、おれの、唯一のきれぇなもんなんだ。汚ぇもんに近づけちゃいけねーんだ。
もうそれっきゃねぇんだから、頼むよ・・・」
無表情にポツポツと呟くコックが小せぇ子供みたいに見えた。