ラプンツェル4

 

コックが出て行った音で我に返ったおれは、慌てて追いかけたが、

ややこしい作りのこのホテルはエレベーターホールにもすんなりたどり着けない。

なんとか外に出たものの、コックはもう影も形も見えなかった。

 

本人を捕まえるのは諦めて、同じ階であいつを買ったという相手を探した。

片っ端から訊ねて回り、何部屋めかで怪我だらけの三人の男を見つけた。

コックにこっぴどくやられたらしい。

 

なんだ、あいつ。

強ぇじゃねぇか。

 

おれは一人ほくそ笑んだ。

 

そいつらから聞き出した店に電話するも、今日はいない、と言われ、

明日4時に電話すれば指名できる、とのことだった。

物腰の柔らかい親切そうな男で、なんでこんなヤツらにコックが良いようにされているのか、

合点がいかない。

 

 

翌日、フロントで部屋を変わりたいと言うと、夕べの騒ぎは承知しているらしく、

ペコペコと謝罪された。

廊下の喧嘩に加え、部屋を訊ねてきた不審な男、との物言いに、

そりゃ、おれだ、と思ったが、バレてないことにホッとした。

本当に、補導されちまう。

 

 

4時になるのを待ちかねて、コックの店に電話した。

5時に連れて来るという。

 

もうすぐだ。

 

もうすぐ、コックに会える。

 

何でこんなに執着してるのか、わからねーが、とにかくもう一度会いたかった。

昨日のことも謝りたかった。

今、この手がかりを離したら、また10年会えない気がした。

 

今度こそ 逃がさねー。

 

もうすぐ

 

会える。

 

 

 

 

********

 

「ざっけんな。ガキが!親の金でホテトル呼んでんじゃねーよ!!」

 

コックは、開口一番がなり始めた。

 

「部屋まで変えやがって!」

 

顔を見せずに招き入れてから、コックとドアの間に立ちふさがったから、

コックに逃げ場はない。

 

厚い壁を揺るがす重い蹴りを放ってくるが、何故かおれに当てようとはしない。

しかも、逆におれが手を伸ばすと触るな、と後ずさって行く。

 

とうとう窓際まで追い詰められたコックは「触るな」と呟いてしゃがみこんでしまった。

 

おれは向かいにしゃがんで懇願する。

「触んねーから、逃げねーでくれ。 

 話したいだけなんだ。 

 昨日のを謝りたかっただけなんだ。」

 

話すことも謝られるようなことも無い、と顔を伏せたまま立ち上がったコックにムカついて、

触らない約束も忘れてつかみかかった。

「なんで逃げんだよ!」

コックの大人と思えぬほど、薄く軽い体をベッドに投げつける。

「金払えば良いんじゃねーのか! 

 セックスすりゃ良いのかよ!」

馬乗りになり、シャツを引き裂いた。

「ガキだと思って、舐めてんのか!? 

 できっこねーとでも、思ってんのか!?」

ベルトを引きちぎろうとするが、革のベルトはさすがに千切れず、外そうとバックルを引っ張るが

震える手はうまく動かない。

「強ぇくせに、なんで殴んねーんだよ!蹴りゃ良いじゃねーか! 

そんなに、おれに触んの、イヤかよ・・・」

ガチャガチャとバックルを持って揺さぶりながら、おれは駄々をこねるガキのようだ、と頭の片隅で思った。

鼻の奥がツンと痛くなり、目の前の白いヘソが滲んで見えたとき、クシャと頭を冷たい手が撫でた。

 

「こんなにでっかくなったのに、泣き虫は直ってねぇのな。」

 

弾かれたようにコックの顔を見る。喉が詰まってうまく喋れない。

 

「なん、で、触っちゃ、いけねーんだ・・・」

 

コックは困ったように眉を寄せるが、目を逸らさないのが嬉しくてベルトから手を外し、のしかかるように抱きしめた。

「会いたかったのは、おれだけかよ。」

 

「そうだな。

正直、おれは会いたくなかった。」

 

一度は止まった涙がまた込み上げてくる。

「見てぇとは思ってたよ? 

でもなぁ、見られたくなかった。」

はぁっと溜め息をつくコックの勝手な言い分に反論したいのに、喉が張り付いたように声が出ない。

ぎゅうぎゅうと首にしがみつき、鼻先をコックの頬にこすりつける。

「重いって。」と苦笑しながら、引き剥がそうとするコックの唇に食らいついた。

「ん!

や、やめ・・・」

鼻にかかった声に煽られて、

おれの頭を遠ざけようともがく手を握りしめ、差し込んだ舌で咥内を舐め回す。

と、腹に重い衝撃を受け、おれは天井まで吹っ飛んだ。

もんどりうって、床に落ち、ゲホゲホと咳き込むおれより、

ベッドの上で、蹴り上げた足だけが腹の上に折り畳まれた格好で、呆然としているコックの方が痛そうだ。

 

「やめてくれ。頼むから。おれにてめぇを汚させんな。」

 

「よご・・・」

 

「マリモは、おれの、唯一のきれぇなもんなんだ。汚ぇもんに近づけちゃいけねーんだ。  

もうそれっきゃねぇんだから、頼むよ・・・」

無表情にポツポツと呟くコックが小せぇ子供みたいに見えた。

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