何かの始まり A-4

そのままの勢いでキッチンのドアを開けると、コックがギョッとした顔で振り返る。

「やっぱり、ヤッってたじゃねぇか!」

「まだ、その話か。・・・ふぅ。

いいか?マリモ。

 藻類にゃ難しいかもしんねぇがな、人間様は寝てるときに夢見るもんなんだ。」

ため息混じりに肩をすくめながら、水道の方に向かおうとするコックの腕を掴み、

シャツの裾を捲ろうとした。

途端、コックの脚が振り上がり、くる!と身構えたときコックがしゃがみ込んだ。

シャツの裾はおれがつまんだままで、その勢いにボタンがはじけ飛ぶ。 

脚の付け根を抑えて蹲るコックの脇腹には赤黒い痣、背中に赤い吸い跡。

おれは呆然と立ち竦み、手からするりとシャツが抜け落ちた。

 

「痛ぇのか。」

「痛ぇよ。誰かさんがガッツンガッツン腰ぶつけやがるから、股関節がくがくだぜ。

 なんで隠したか、って?忘れたかったからに決まってんだろ。」

 

コックの脇に跪いて、触れようと伸ばした手が払われる。

その拍子にボタンのとんだシャツの袷から覗くのは、ポツポツと散る情痕。

「触んな。謎が解けて満足かい?もう、行けよ。」

 

かける言葉も思いつかず、キッチンを後にした。

 

 

 

おれはなんであんなに躍起になっていたんだ?

追及してどうするつもりだった?

あいつは、大事な仲間じゃないのか?

こんなことで無くしていいもんじゃねぇだろうに。

 

いつだって、自分のことは後回しで。

クルーが快適であるために、自分は寝る暇もなく働いて。

メシがうまくて、寝てて食いっぱぐれても、必ず隠しておいてくれるし

文句言いながらも酒を出し惜しみするこたぁなくて。

戦いんときに1人で勝手な行動してハラハラさせやがるけど

隣にいるときゃ、口に出さなくても動きたいように動ける。

あいつとのケンカは楽しくて

鍛練では手に入らねぇ実戦さながらの力がつく。

 

あいつが必死で隠してたもんを、暴いたおれは、この関係を壊したのか?

もう、取り戻せないのか?

いや、違う。元に戻すんじゃなくて。

その先の・・・

 

ばかな。

あいつは気に食わない、生意気な男で。

おれのことを嫌っていて。

大事だけど、それは仲間だからで。

 

得物なしでやり合ったら互角の強さを持つ人間に、こんな思いはあり得ねぇだろう。

しかも、男だ。

そういう趣味のヤツがいるのは知ってるが、おれはそうじゃねぇし。

 

昼寝もしないで考え続けたおれは、惰性でメシを喰い、惰性で風呂に入り、不寝番に突入した。

ギシギシとロープを登る音がする。

コックだ。

 

「マリモ、起きてるか?」

目線を上げると、いつも通りのニヤッとした笑顔。

こいつの中では、無かったことになってる、と直感した。

 

「よしよし、ログポース貸してみろ。」

掴んだログポースを舳の方向に向け、神妙な顔で確認している。

「ん。ずれてねぇな。」

ほいっと投げ返されたものをキャッチして腕にはめる。

「ほら。夜食だ。晩飯もボケーっと喰いやがって。ちゃんと味わえってんだ。

 ブランデーの小瓶入れてあっけど、寝るんじゃねぇぞ。じゃぁな。」

一方的に喋り倒して見張り台のヘリに手をかけたコックを慌てて捕まえる。

 

「てめぇが好きだ。だから気になったんだ。てめえが欲しいんだ。」

やんわりとおれから身体を引き剥がしたコックは、胸ポケットから煙草とマッチを取出し

一息喫うと、フゥッと煙を吐いた。

見慣れた光景なのに、ことさらゆっくりに感じるその動作に魅了される。

 

「てめぇが好きなのは、おれじゃ、無ぇよ。

 溜まってんだろ。手頃な処理場みつけて勘違いしちまったんだ。

 明日には島に着くんだろ。

 お美しいレディにお相手してもらえ?金なら貸してやっから。」

 

「ちが!

 勝手に何決めつけてやがる!」

「決めたのはおれじゃねぇ!とにかく、抜いてくるまでてめぇと話す気はねぇからな!」

 

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