何かの始まり A-5

まんじりともしないまま夜が明ける。

甲板に上がり、見張り台を見上げると立ち上がっている緑頭がいる。

おまえも寝られなかったのか?

 

すぐに見張り台に上がるか、ちょっと迷ってキッチンに向かう。

ヤカンを火にかけ、両手で頬を張り、気合いを入れた。

 

「よお、起きてるじゃねぇか。感心、感心。」

「寝られっかよ。」

ボソッと呟くゾロの声は聞こえない振りをしてログポースを取り上げる。

 

「見当違いじゃねーけど、この潮じゃ流されっな。

ちょっと舵とってこい。取り舵な。」

 

ゾロの舵に従って舳先が左を向く。やり過ぎだ、あほ。

「おい!藻!少し戻せ・・・・・いいぞ!」

 

キッチンに戻ると、入れ違いで出て行こうとするのを止める。

「あとはこっからでも用は足りるだろ。交代するから寝てきて良いぜ。」

「いや、いい。眠くない。」

「そうか、じゃコーヒー淹れるからちょっと待ってろ。」

腰掛ける男に背を向け、胸ポケットを上から押さえると、用意した封筒がガサリと音を立てた。

約束した金だ。ゾロが女を買うための金だ。

 

 

封筒とコーヒーを差し出すと、形の良い眉毛をキュッとしかめるが無言で腹巻きに納める。熱いはずのコーヒーを一息に飲み干して席を立った。

「ごっそさん」

一度も目、合わさなかったな。

 

 

 

 

  

着いた島は一見綺麗な所だった。

小さな島の大半が急勾配の山で、山の中腹には色とりどりの館が散る。

遠目で見ても、贅沢な屋敷の数々だった。

海にへばりつくような僅かな平地に街が広がっている。

街の西端は工場地帯、東側には農業地帯と分かれているようだ。

港湾事務局で手続きをしているウソップの隣で地図を見せてもらい、

ナミが望む『ちょっと良いホテル』は山側か、とあたりをつける。

 

自分の誕生日に合わせて、島への到着を急いでくれたのだ。

もう、それだけで充分だ、といくら辞退しても取り合ってくれない女王様は、

今晩『ちょっと良いホテル』で『ちょっとリッチな晩餐』で祝ってくれるそうだ。

ルフィの見張りと目していたゾロが錨を下ろすやいなや、街に飛び出して行ったため、

おれとウソップが買い出しがてら宿の手配をすることになった。

「サプライズにしたかったのに!」唇をとんがらして。

かぁ~わいかったなぁ~ ナミすゎん♪

 

「おい~、サンジくん。何にメロメロしてんだよ。」

「ナミさん♪」

「あ~、はいはい。も、いいや。で、どうする?」

「とにかく、山側のホテルに向かってみっか。」

「そりゃダメだ!兄ちゃんたち、海賊だろ。」

「んなっ!なんで、いや、おれたちは一般、人!」

慌てて止める事務員のオヤジと、慌てて否定するウソップで、滅茶苦茶だ。

 

「海賊が山に登るとどうなるんだい?」

「山は高級な人たちの住まいだよ。

 海軍だって港にある本部は空っぽで、駐留してんのは上の方だ。

 海賊が立ち入ったら即捕まっちまうよ。

 悪ぃこた言わねーから、街から出ねぇこったな。

 おれたちは外貨を落としてってくれる限り歓迎すんぜ。踏み倒したら船バラすけどな。」

「あぁ、なるほど。船の完全預かりたぁ、要は人質か。」

「そういうこった。」

カカッと人の良さそうなオヤジは笑って言った。

 

目当てを尋ねると二軒のホテルを教えてくれた。

一軒は最近できた高層ホテルで、展望レストランと外が見えるエレベーターが売り。

一軒は老舗の広々とした木造建築でグランドラインでは珍しい畳があるという。

二軒目はゾロが喜びそうだな、と思ったとき、ウソップの弾んだ声が飛び込んできた。

「すっげーな!展望台に高層エレベーターか!」

「あ、そっちか?」

「いやいや、サンジの誕生日なんだから、サンジの良い方にしろよ。」

「あんがとよ。おれはどっちでもいいぜ。ルフィもエレベーター喜びそうだな。

 オヤジ、メシはどっちもイケるかい?」

「おぅ!量が多いのは新しい方だな。どっちにしろ、和食がお勧めだぜ。」

「そうなのか?」

「この島は水が良いからな。米と酒が美味いんだ。」

海は汚れてたけどなぁ。

「あぁ、海から来たら信じにくいか?山から河口ギリギリまでは水綺麗なんだよ。

 河口で工場が汚すんだ。おかげで近海では魚捕れなくなって、困ってんだけどな。」

「グランドラインで遠海漁業か?」

「そ。命懸けだぜ。だから、どうしたって魚は高ぇんだ。

 肉は安くて美味ぇからたっぷり買い込んでってくれ。」

なかなか、うちの船向きの島だなぁ、とウソップが喜んでいるが、どうも癪に触る。

「工場の経営者は山に住んでんのかい?」

「そうだよ。お金持ちだからね。」

「自分ちの周辺は汚さないけど、海が汚れんのは構わねーってか。」

「そうだな。でもマシになってんだよ。

 おれたちだって手を拱いているわけじゃない。

 五年前は河口が泡立って、油膜が張ってたんだぜ。」

しまった。通りすがりの人間がズケズケと立ち入ってしまった。

「そうか。悪かった。」

心から頭を下げる。

「いや、心配してくれてんだろ。誕生日の兄ちゃん、良いヤツだな、ありがとさん。

 予約はおれがしといてやるよ、仲間呼んできな。」

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