メリーの呑気な羊頭の脇で睨み合う二人、先に視線を外したのはサンジだった。
「おまえ、メシは?」
「あ?まだ食ってねぇ」
「じゃぁ、朝のまんまか。今、温めてやっから5分後に来な。」
踵を返したサンジの足首をゾロが掴む。
思わぬ行動にサンジがその場で転んだ。
「てンめぇ!何しやがる!」
「いらねー。」
「は?」
「食わねーからここにいろ。」
ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!
見張ってようとでも言うのか。しかも食事を拒否して。
コック以上のことは求められていないだろう、それは分かっていたさ。
けれど、コックの領分まで拒絶されたら!!
気持ちが渦巻いて言葉にならない。
黙り込んだサンジを満足げに見やり、昼寝の体勢に戻ったゾロのわき腹に靴のかかとがめり込んだ。
「海でコックに逆らうなって言ってるだろうが!!」
座ったままの姿勢からとは言え強烈な蹴りに、知らず涙目になり、息が詰まる。
「てめぇに、てめぇ、てめぇが・・・」
意味の分からない呼びかけのような言葉の羅列にゾロが顔を上げる。
罵詈雑言に関しちゃ、ウソップ以上に饒舌な男が言葉を詰まらせている・・・
人を蹴ったばかりの男は涙を湛え、零れまいと見開いた目の縁は赤く染まっていた。
「なんで、てめぇ泣いてやがる。」
「泣いてねーし、おまえだって涙目じゃねーか。」
種類が違うだろう、バカめ。ゾロはガリガリと頭をかき、ため息を吐いた。
「何が気に食わねーんだ。」
「おれを気に食わねーのはてめぇだろ。信用しろって口で言ったって無駄なことくれぇ分かってっけどよ。全員一緒のメシじゃなきゃ、恐くて食えねーってか?ふざけるなってんだ、クソ!いいか、コックの矜持にかけて食えねーもんなんか出さねー。てめぇのために作った料理だってな、毒なんか盛らねーんだ、生憎だがよ!」
「んなこたぁ、分かってる。何だそりゃ、被害妄想か?メシだって後で食う!当たり前だろうが。」
「あ、たり前?」
ぽかんと目を見開いたサンジはまるで子供のようで。
「なんだ、おまえ、そんな顔もできるんじゃねーか。」
破顔したゾロの顔こそ、そんな顔もできるのかと言いたい極上の笑顔であった。
そして、おまえは働きすぎだ。徹夜明けのときまで昼寝しないのはおかしい。おれしかいないとき位昼寝しろ、と自分論理の説教を披露した。
何から何まで珍しいゾロの姿は、サンジを浮上させるに充分だった。
いちいち、コックとして当たり前の仕事量だ、たまの徹夜位ジジイじゃあるまいし、問題ない、真っ昼間からそうそう寝られっかよ、と反論は忘れなかったが。
「昨日も不寝番だっただろうが。おれ以外いねえんだから、寝りゃいいだろ。」
「おまえと並んで昼寝?気持ちわりぃ~」
「離れてやっから、寝ろよ!いいな!」
がばっとゾロが起き上がる。
立ち上がる前にサンジが腹巻をつかむ。
「離せ、伸びる!」
「行くなよ。こんな固い床じゃ寝らんねーよ。」
ずりずりと床を這ってゾロの太ももに頭を落ち着けたサンジは、あっという間に眠りの淵に落ちて行った。
「ふっ、がーき。おれ様を枕にしようたぁ太ぇ野郎だ。」
「ただーいま。あら?サンジくん いないの?」
カツカツとキッチンに向かったハイヒールの音が船首を振り返り、ゾロを認める。
「え?寝てるの?」
「うるせーよ。起こすな。」
「で、あんたが起きてるなんて。やだ、明日雪?」
夏島である。
「なんの用だ。」
「いい食事つきの宿みつけたから、夕飯作り出す前に言っとこうと思って。」
「起きたら言っといてやる。ナミ、それよりおれのメシ持ってきてくれ。」
「あら、船番ランチ、まだなの?」
「動けん」
くくっと笑うと、しょうがないわねー、特別にタダでデリバリーしてあげるわ、とちゃんと温めたランチを運んできた。
「おう、悪ぃな。もういいぞ。」
しっしっと手を払うが、ナミはおもしろそうにサンジの反対側に腰を下ろした。
「で?いつからそんな仲良しになったわけ?」
「ああ?別にそんなんじゃねーよ。こいつが不寝番明けでもアホみてーに仕事探してっから、休ませただけだ。」
「うん。まぁね、私もそれは気になってたのよ。」
緑の腹巻の上で規則正しく上下する金髪をたおやかな指が撫でる。
「でも私が言っても、聞かないもんね、このバカは。」
「ああ、そうだろうな。」
キッチンの扉が開く音に医務室からチョッパーが顔を出す。
「サンジ!ゾロが探してたよ!」
「あぁ、今行くとこだ。」
キッチンの外に出ると三階のウソップ工場から声がかかった。
「あ、サンジー、ゾロが探してたぞ」
「おー、分かってる。なぁ、なんでマリモはおれを探すのにキッチンに来ねーんだ?」
ぶははっとウソップが吹き出した。
「それこそ、ゾロたる所以だな!!」
階段を降り芝生甲板を横切ると、チェスに興じるナミとロビンがそちらを見やる。
「サンジくん、お昼寝?」
「ああ、ちょっと休ませてもらうね。今日のおやつは冷蔵庫だから、悪いけど。」
「オッケー、ごゆっくり~」
「よろしく、ナミさん」
「アクアリウムが涼しくて良さそうよ。」
「ああ、やっぱりね。ありがとう、ロビンちゃん」
「ヨホホホホ、料理長はお昼寝ですか。」
「仲が悪いかと思うと、くっついて寝てやがる。まったく、変な関係だぜ。」
「わたしたちも増えたことですし、不寝番から外して差し上げてはいかがでしょうか?」
「あら、だったら私達が外れるわ。」
「おめぇよぉ」
「冗談よ。考えないわけじゃないんだけどね、あいつらからあれ取り上げたら、コミュニケーションがケンカだけになるじゃない?うるさいのよ。」
「ふふっ、そうね、この時間は彼らに必要なことかもしれないわね。」
手をクロスしたロビンが笑いながら言う。
その瞑った瞳に写るのは、折り重なるようにして、ひとときの休息を微睡む二人の海賊の姿だった。
fin
月待ちのmia様からいただいたリクで、「できていない、そしてこれからもできない2人」でした。
ゾロサンなのか?という突込みは置いといて(笑)お互いを意識しまくって、でも恋愛感情とは思いもよらない2人になっていれば成功かな、と思うのですが。mia様 いかがでしょうか。ご笑納くださいませ。