夫人を座らせてカップを配るサンジをナミが見つめる。
「・・・」
「無理だ、ナミさん。」
ナミが口を開くより早く、サンジが答える。
「だって、戦うコックさん、て。他人事と思えないわ。」
「料理で落とした評判を料理で取り戻したら、もう二度と落とせないよ?
おれが出発した後はどうする?」
サンジが悲しい表情で首を振る。
「このホテルは、当日に宿を探しに来る私たちみたいな客相手じゃなかったんでしょう?」
ロビンが夫人に尋ねる。
「そうですね。 この島の近く、定期航路が結ばれているのは夏島と冬島なんです。
だから、その島にとってこの島はリゾート地なんですわ。」
「じゃぁ、立て直しの計画が立ったとしても、実際にお客さんが来るのは数ヶ月後ね。
この島の人たちは?」
「この島のリゾートと言えば、逆に夏島のビーチ、冬島のスキーなんです。
パーティーなんかにホールを借りてくれることはありますけど・・・。」
「そう。お互いに島同士の交流は盛んなのは素晴らしいわね。」
簡単に解決策が見つかるとは思えなかった。
重い空気の中、ソファーの端に腰を降ろしたサンジが紅茶のカップに手を伸ばす。
「クソうめぇ!」
隣に座っていたゾロが苦笑する。
自画自賛はいつものことだが、この雰囲気で言うかな、と。
その腹いせか、ゾロのコーヒーが奪われる。
「コーヒーはいつもの味・・・いや少し深みが増してるか。」
「おい。てめぇが淹れたんじゃねぇのか?」
「コーヒーはおれだ。豆も今朝のと同じ。挽きたてだから持って来た。でも、違うだろ?わかるか?」
「え?これ、サンジくんが淹れたんじゃないの?すごく美味しいわよ!」
「紅茶はマダムが用意してくれたんです。
入れ方が手際良いとは思ったけど・・・マダム、茶葉もオリジナルですね?」
「ええ。父が紅茶党で、父の配合です。」
「ここの水にぴったりの素晴らしいブレンドですよ。」
「私、お料理は本当に苦手なんですけど、これだけは主人も褒めてくれたんです。」
頬を染めて少女のように笑った。
庇護欲をかき立てる姿だった。
「ナミさん、ここに泊まるのは決定でいいのかな?」
「そうね。交渉次第だけど。良いかしら?」
ナミが夫人に向けて微笑む。
「ええ!ありがとうございます。」
「じゃあさ、提案があるんだけど。
マダム。このラウンジを喫茶店として営業する気はありませんか?
しばらくの菓子はおれが作る。この紅茶の腕があれば、食べ物は外注でもいい。
できれば、焼き菓子の一つでもマスターして。
ホテルの再出発としては不本意かもしれないけど、どうかな?」
「私の紅茶・・・できますかしら。」
「できますか、じゃないわよ!やるんでしょ!子供と二人野垂れ死にたいわけじゃないんでしょ?」
ナミの一喝に夫人の背が伸びる。
「はい。ありがとうございます。よろしくご指導ください。」