いつもより一段と着飾ったお菓子教室の生徒たちが、家族や恋人を連れ、城に訪れた。
ウワサを聞きつけた隣島からのリゾート客には新しく刷り上がったホテルのパンフレットも抜かりなく渡す。
名高いバラティエ副料理長、サンジの一週間限りのレストランの開店である。
イーストの面々がグランドラインを夢見たように、グランドラインに暮らす人々にとってカームベルトの向こうの海は手の届かない彼方の地なのだ。
サンジの料理で人を呼ぶ、それは仲間が真っ先に考えて、サンジが強く反対したやり方だった。
しかし、蔦をきれいに取り除いた城も、喫茶店に生まれ変わったラウンジも、見て貰えなければ始まらない。
期間限定を強く謳い、新生ホテルの宣伝のためのレストランなら、と賛成したもののネームバリューには一抹の不安を抱えていたサンジだった。
しかし、その考えは呆気なく覆され、全員が嬉しい悲鳴をあげることになったのだった。
抜けた調度品は目立たないようにディスプレイし直され、色の変わった壁にはウソップの絵が飾られた。
室内の30程のテーブルは満席だ。
ナミ、ロビン、ウソップは給仕を手伝い、チョッパーは玄関からの案内役を買って出た。
ゾロは皿洗いだ。
しかし、予想以上の良い仕事をしているのはルフィだった。
パフォーマンスを兼ねてキッチンの外に拵えたウィンリーのコンロでは、次々とパンケーキが焼かれ、
入口のすぐそばに用意されたルフィの席へと運ばれる。
続々と平らげるルフィは、美味しく食べることに関して右に出る者はいないだろう。
何度も何度も運ばれるそれらは、通るたび違うルートを通り、どのテーブルの客も興味をひかれる。
注文したコース料理のメニューを確認し、落胆したころを見計らってナミが近づく。
「デザートの変更もできますよ?」
落ちないわけがない。
メインディッシュを出し終わったサンジが、凝り固まった肩をぐりんと回し、煙草を咥える。
カチッというライターの音に、皿に埋もれたゾロが顔を上げた。
「てめぇ、手空いたんなら、こっち手伝えよ。」
「しょうがねぇ、マリモだなぁ。これっくらいで音ぇあげやがって。」
「っんだぁ?調子ん乗ってんじゃねぇぞ。誰のために大人しく手伝ってっと思ってやがる!?」
「レディの危機を救えるのは男の夢だろうが!」
ゴチンと額と額をぶつけあい、ぐりぐりとツノ突き合わせる2人の脇を皿を抱えたウソップが通る。
(こいつらのケンカも久し振りだよなぁ。
あぁ、元通りだ。
良かったよな~)
感慨浸るウソップは、止めずにいたことをすぐに後悔するのだが。
サーバーに水を汲み、客席に戻った。
テーブルを回り、満足そうな客の笑顔を見渡す。
(もう、大丈夫だ。
このお披露目は大成功。
自分たちが出航しても、うまくやっていける。)
満ち足りた気持ちで水をサービスして回っていたウソップは、ふと、客席のざわめきに気付いた。
女性たちが、互いを突っつきあうようにしながら、ひそひそと喋っている。
一緒に座っている相手とならともかく、通路を挟んだ隣のテーブルへも…
そして、その客達が一斉にみている方向にはキッチンの入口があり、冷蔵庫が見えるだけ…
視線を追ったウソップが飛び上がって、キッチンに駆け込み、冷蔵庫に張り付いた。
「おまえら!ここに映ってっぞ!!」
潜めた怒号にゾロとサンジがパッと離れた。
揃ってウソップの方を見た2人の唇はてらてらと濡れていた。
サンジに至っては、上気した頬、潤んだ瞳…何をしていたか、言うまでもない…
ひと波乱はあったものの、一週間のレストランは大成功を収めた。
その間に、ホテルの予約も少しずつだが入ってきた。
ディナーなしの客も、ケータリング希望の客もあるが、自由が利くと好評なようだった。
パンケーキは評判を呼び、わざわざ早朝の便で島に来て、朝食を食べる客が溢れはじめた。
もう、大丈夫。
クルーは安心して出航の日を迎えたのだった。