玄関に目を走らせる。ウソップだ、まずい、誤解される。
ドアを開けたウソップが口を開くより早く、サンジが声をかけ、手招きした。
「おかえり!良いところへ。」
「サンジさん」
「プライドを持つのは良いことだと思いますよ。でも、差し伸べられた手は取ってもいいんじゃないかな?」
話し聞いてやれ、慰めろよ、と耳打ちしてウソップに夫人を託す。
顔にカラリと笑みを乗せると、男たちにおやつできてるぞ、手洗ったらラウンジ集合と怒鳴りつける。
しかし、ゾロは戻って来なかった。
すっかり日課となったマダムの部屋での用事が済み、サンジが廊下に出ると人影が目の隅をよぎった。
「ゾロ!」
絶対、目が合った。なのに、行こうとする恋人であるはずの男。頭にくる。
「逃げんのか!?卑怯者!」
「おれのなにが卑怯だ。」
その時、室内から声が漏れてきた。とっさにあげた大声で起こしてしまったらしい。
「あぁ~!やっちまった。てめえ、そこ動くなよ?あ、いや、一緒に来い。静かにな。」
恋人の浮気直後の部屋に招かれ、ゾロは内心慌てふためく。
その逡巡する背中を押すように室内から聞こえていた小さな声が、はっきりとした泣き声に変わった。
子どもの泣き声に。
室内に目を走らせる。
ふたつ並んだベッド、ひとつは使った形跡も無い。
唯一の人の気配は、もうひとつのベッドで泣きべそをかく幼女だった。
ゾロを捉えていた手がするりと離れ、幼女のベッドの端に腰掛けたサンジは、涙を拭い優しく頭を撫でながらあやし始めた。
「ママはお出かけ、すぐ帰ってくるよ、いつも朝にはウィンリーちゃんの隣にいるでしょう?」
毛布の上から とん とん と叩くリズムに誘われたか、泣き止んだばかりの乱れた呼吸はあっという間に安らかな寝息に変わった。
「どういうことだ?」
「昼間はあんなにしっかりしてんのに、夜泣きすんだぜ、かわいいよな。」
わざとかわしているのか否か、飄々と答えるサンジを睨みつける。
「母親はどこに行ってるんだ?」
「やぼ用」
先に立って歩き出したサンジについて、庭に出る。
廊下でくわえた煙草に火をつけるのを見つめていると、ようやくサンジが口を開いた。
「ウィンリーちゃんの父親の話、覚えてるか?」
「ああ、戦うコックだろ?てめぇと一緒だ。」
「まぁ、それもそうだけど、タガーの名手な。スタイル的には狙撃手に近い。」
進む先には、立ち木に据えられた古い的。横長の穴がいくつも開いている。
「ウソップが船でもしょっちゅう練習してるだろ?たまたまみつけたこれで練習してたところをマダムが見つけた。おれが行き会ったのは、一心にウソップを見つめているときだ。」
「おまえに惚れたんじゃなかったのか・・・。」
ふん、と鼻で笑うと話を続ける。
「ウィンリーちゃんは、くるくるの巻き毛。マダムは色こそ同じだが、真っ直ぐストレート。あの巻き毛は誰似だと思う?
恋愛感情とは言い切れないけど、ウソップに亡き夫の面影を見つけても無理ないと思わねーか?」
建物に向かって顎をしゃくる。示す先はウソップとサンジの部屋。
「灯り消しゃいいのにな。」
窓にうつるのは、寄り添う2つの人影だった。
「はっ、ははは…バカみてぇ。」
ゾロが目の前の痩身を抱き寄せる。
「おれは、てめぇができちまったかと・・・・」
「ホントに。バカだな。まさか、てめぇがそんな誤解すっとは思ってなかったぜ。」
後ろ頭を引き寄せて、軽く唇を合わせた。
「信用しろっての。」
「あぁ、悪かった。」
「さっきのじゃ、ねーだろ?ずっと、おれを避けてた。」
久々の深くなる接吻けにぼーっとする頭を立て直し、疑問を口に乗せる。
「女の部屋から出てくんのをな、見たんだよ。」
「すぐに聞きゃいいのに。回りくどく避けんじゃねーよ。」
トロンと目許が弛むのを必死で引き締め、睨み付ける。
「思った以上にショックだった。てめぇが女を選ぶなら、手を離すべきかって真剣に考えてた。」
抱き締められるままに近寄り、擦り寄っていた身体が硬直する。
「おまえ。そんなこと考えてたのかよ。
なんだよ、かっこつけてんじゃねーよ。足掻けってんだ、バカ野郎……」
「てめぇのためだろうが。」
「けっ。ふざけんな。釣り上げてみたら、大したこと無かったんだろ、だから執着しねーんだ。
釣った魚に餌やらねーって言うよな。もっとひでーや、キャッチ&リリースってか。バカにしやがって。」
「おい」
ジリジリと後退るサンジを捉えようと手を伸ばすがスルリとかわされる。
「その程度なら欲しがるんじゃねーよ。おれが欲しけりゃ、全身全霊で欲しがれ!」
ふいに身を沈めたサンジはゾロの肩を連続で蹴り上げた。反撃に体勢を整える隙をついて身を翻すと、その姿をくらました。