ラプンツェル〜夏〜 1

「ただいま。」
マンション特有の重いスチールドアを開けると、ふわんと漂う飯の匂い。条件反射のようにグウと腹の虫が騒ぎ出す。
「おう!おけーり~今日はどうだった?」
「んな、毎日聞かれても何もねぇよ。」
「おまえね、10時間近く学校にいて、何も無いわけねえだろ~?
部屋のドアを開けっ放しにして、着替えながら適当に返す。
「あーはいはい。数1と英語と体育と生物やって、飯食った!午後は寝てたから分からん。んで部活、以上!」
「時間割見るよりひでえ。なんか感想は無ぇのかよ!」
キッチンの水道で手を洗う。
隣のコンロの前に立つコックの肩が少し上にある。もう少しなんだがなかなか追いつかない。
「感想ねぇ…、ああ、弁当な。」
「お、おう…」
不安げに見やる顔が可愛くて言葉を切る。
「量足りなかったか?味付け?」
重々しく頷くと、コックは神妙な表情でガスの火を消す。

「美味かった。」
「…わざとだろ。てめぇ、ムカつく!」
昨日テレビで見たプロレス技のような、でも少し違うような、ビミョーな恰好で首を絞めてくる。
「はははっ!ギブ、ギブ!」
コックの匂いを濃く、近くに感じる。
顔を横に向けると、すぐそこにコックの白い頬がある。
まだ寒い頃、再会したときにはこけて青白かった頬が丸みを帯びて赤味が差している。なんだか嬉しくなってベロッと舐める。
「なにしてんだ!ボケッ!」
言葉と同時に鳩尾に膝が入る。
後ろから抱きついてたヤツの反応にしちゃ早すぎんだろ、チクショウ!
「美味そうな匂いさせてんのが悪ぃ。」
ゲホゲホ咳き込みながら言い返すと加害者は別にいるみてえに背中をさすってくるんだからタチが悪い。
可哀相なもの見るような顔してんじゃねえよ、やったのてめえだろうが。
「おまえな…匂いの元はこっちだぞ?」
そういう意味で可哀相なもの扱いしてやがったか!!
ギロッと睨むと、ニヤンと笑って竹串に刺した大根を差し出す。
「ほれ。味見。」
醤油がよくしみた軟らかい大根ひとつで懐柔されんのはシャクだけど、仕方ねえ。ここは誤魔化されてやる。
「食ったらコレな、よそったの運べ~。」

 

 

「おい、野菜も食え。」

「大根食ってる。」

「緑黄色野菜も食え、こっち!ほら、好き嫌いは無いんだろ?」

「なんでも食ってるじゃねえか。」

「肉と野菜の比率見てみろよ、バランス悪いぞ、おまえ。好き嫌いあるじゃねえか、見栄張るなっての。」

好き嫌いは無えが、好みはある。

食おうと思えばなんでも食えるって意味なのに、なにが気に入らないのか、すぐ絡んでくる。

ああ言えばこう言う、こいつは口が立つからどうせ敵わねえ。

言い返すより、コックの示すサラダを食う方が楽だと判断し、バクバクとそっちも口にいれた。

 

「お!よしよし。えらいなーマリモたん。」

向かいの席から手を伸ばし、頭を撫でてきやがる。

ブンッと振り払って、睨みつけるとクハハと笑った。

 

「ガキ扱いすんなよ!油断してると押し倒すぞ!」

「すれば?返り討ちにすっけどな〜♪」

 

危機感の欠片も無いコックの守備範囲に入るにはどうしたらいいんだろう。

 

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