堕天

「はぁぁぁぁ……いい湯だ」

広々とした浴室で一人ゆったりと湯に身を沈めた男が長く息を吐く。顎までつかると金髪が水面に広がった。

 

長い時間無防備な状態でいても、オカマに襲われる心配はもう無い。

脱衣所に用意していたスーツが、きれいさっぱりスイーツドレスに変わってることも無い。

たとえ敵襲があったとしても、自分が服を身に着ける間くらいなんの心配もいらない仲間がいる。

 

改めて再会の喜びが心に満ちる。

――それに、この広い風呂。気持ちいいなぁ。

 

サンジは腰を浮かすと、背中にクンと力を込めた。

肩甲骨のあたりがふっくらと盛り上がり、次の瞬間大きな翼が現れる。羽毛に包まれた骨がまっすぐに上がり、サンジの頭の少し上に間接があるのだろう、ゆるやかなカーブを描いて左右に広がる。そこから下に向かってびっしりと生えている羽根は一枚一枚が輝くほど白い。バサリと湯の表面を撫でるように羽根を動かす。

 

――仕舞いっぱなしだから埃がつくわけじゃねーけど、たまには流したいよな。

 

パシャパシャと戯れているとき、背後でドアを開ける音がした。そして鋭い誰何の声。

「は?本気?おれがわかんねえの?」

サンジが心底呆れた顔で振り返り、緑の頭を睨みつける。

「てめえ、悪魔の実を食ってたのか?トリトリ?」

「ばぁっか。一度でもおれが溺れたことあるかよ。…これはな、生まれつき。おれ天使だから」

「……ルフィは知ってんのか?」

「いや、知らね。普段使わねーから出したことねーし。隠してるわけでもねーけどな」

あははとあっけらかんと笑うサンジはいつもとなんら変わりない。だが、ゾロはその背後にゆらめく白銀の翼から眼が離せない。

「触ってもいいか?」

「あ?別にいいけど……」

浴槽から出たサンジは明かりの真下でゾロに背中を向けた。

 

背中から生えた骨をツ、ツ、ツと辿る。そこから羽根の表面を撫でる手つきは思いのほか優しく、サンジはうっとりと目を閉じた。

羽毛の流れと逆撫でるように手が動いたとき、サンジの背中がぴくんと硬直し、背中と羽根の境目を確かめるように触れたとき、あ、と小さな声が漏れた。

 

「てめぇ、感じてんのか?」

「はあ?何言っちゃってんの、ありえねーし!もういいだろ。しめーだ。終わり!」

ふわん、と翼が広がり畳まれたと同時にシュンと見えなくなった羽根から、ゾロの手が取り残された。急に無くなって空を切った手が背中を滑る。

「うぁっ…ン」

サンジがぱっと口を手で覆うが、漏れた声を取り戻せるわけもなく。赤く染まった顔と相まって、ゾロの中で湧き上がった衝動を煽るだけだった。ゾロは衝動のままにその手を掴み、唇を自らのそれでふさいだ。

上唇を挟んで吸い上げ、下唇を柔らかく噛むと、歯列が薄く開いて侵入を果たす。前歯の裏をなぞるとサンジは軽く仰け反った。その腰を掴んで引き寄せると空中を彷徨っていたサンジの手がゾロの肩に回る。舌と舌とを擦り合わせるとたどたどしくサンジの舌が応えるように動いた。

 

 

はぁはぁと肩で息をしながら、ゾロに凭れて立つサンジがドンとゾロの胸を叩いた。

「バカ野郎。何してくれちゃうんだよ、こんなことしたら帰れなくなっちまうだろう!」

手はゾロに掴まったまま、背中から再び翼を出す。

「あ…よかった、大丈夫だった。もうすんなよな、こんなこと!」

「キスすると、羽根がなくなるのか?」

「っていうか純潔を失うと、かな」

「羽根があるとてめぇは天に帰るのか?」

「そりゃ、いつかはなあ。でもずっと先だぞ、おれの種族は寿命なげーんだ」

「その羽根……なくしちまえよ」

「は?」

「いつかでも、帰るとか考えんじゃねーよ、その羽根捨てろ!」

「ば、何わけわかんねーこと言ってやがる」

「そんなの捨てちまえ、おれをやるから!」

 

サンジが重たい瞼をまん丸に見開き、ゴクリと唾を飲み込む。

「くそまりもなんぞいらね!」

などと、取り繕うように慌てて悪態をついても効き目はない。

「欲しいだろ?」

ゾロが耳たぶを舐めるように囁くと、サンジは絞り出すように言った。

「よこせ

腰に巻いたタオルの下の熱をもう隠す必要はない。火照った躰をかき抱くと白い翼がフルリと震えた。

 

 

 

愛撫に慣れない躰はビクビクと震え、ハフハフと呼吸困難になりそうな喉が悲鳴を上げる。「お前、感度いいのな」

嬉しげなゾロの声に、サンジは紅潮した顔を手の甲で隠し、切れ切れに答える。

「そんなん言うな

「なんで。気持ちいいんだろ?」

「なんか、エロい」

「ははっ!そりゃ、そういうことしてんだから仕方ねえ」

憮然としたサンジとは対照的に破顔する。

 

新しいところを探ると緊張が走り、抗議の声をあげるサンジ。

その都度口接け、頬を撫で、それはそれは根気よく蕩かしていく。その攻防は最後の砦まで続いた。

「ゾロ!なに!?」

「大丈夫だから、力抜け。ここで繋がるんだ」

「そんなとこ……」

見つけた性感帯を弄って気を逸らしながら、後庭を慣らす。

「う詐欺だ。マリモ剣士のくせにこんなにエロいなんて

「おまえもだ。エロコックのくせにこんなにウブなんてよ」

出入りする指に吸い付く肉壁がくちゅくちゅと音を立てる。

「はやく、挿れてぇっ」

絞り出すようなゾロの声に、サンジは心臓が掴まれたような気がした。

「おれも…ほしい…」

 

ゾロの根気の成果か、相性がすこぶる良かったのか、初めての交接は2人に目が眩むような快感をもたらした。サンジの腕は床に投げ出され、何かに縋るように宙をかく。反して翼はゾロを探し、抱きしめ、ゾロの背中をぱふぱふと叩いていた。

「おい、浮くな」

サンジの羽ばたきは、腰が引けるのを手伝い、その躰を浮かしていた。ゾロは脚を掴んで、自分の腰に回させる。

「あ!ンぁぁ…ゾロ、ゾロ… なんか!出る!」

「ああ、おれも…イクッ」

 

初めての射精の瞬間、翼の根本から血が噴き出した。慌てたゾロが腰を掬いあげ上体を起こさせる。その目の前で羽根の先までじんわりと血に染まった。

繋がりを解き、ぺたりと床に座ったサンジがふわりと翼を広げるとそれは、根本から消え始めた。

「破瓜

散る羽根が、サンジの伸ばした掌にひらりと舞い降り、消えていった。

 

 

「わるかった」

「なんで謝る?決めたのはおれだ」

「そうだがよ」

ゾロから離れるように後退りしながらサンジが常と変らぬ明るい声を出す。

「心配すんな!本当にてめぇをよこせなんて言わねーよ!明日っからはいつも通りな

……だから、今はとっとと行っちまって、くれ…」

俯く顔は前髪がかくし、表情は見えない。

 

「てめえの故郷を取り上げたのは悪ぃと思う。けど、後悔はさせねーから勝手に返品すんな、あほ」

じりじりと下がるサンジを引き寄せ、抱え込む。

「だれがあほだ、ボケ!せっかく、人が手、放してやってんのに……」

「おれは手放す気はねーぞ」

強張る躰から徐々に力が抜けていく。ゾロの肩に押し付けた顔からは笑みが零れていた。

「もう、おれは羽根も無い。普通の男だぞ。面白味もねーだろーに」

「ばーか。てめぇは十分おもしれぇっての。ああ、そうだひとつな、訂正がある」

ギクリとサンジに緊張が走る。

「ウブかったけどな、エロコックはやっぱり健在だ。てめぇは壮絶にエロかった」

「あ・あ・あ…あほまりもー!」

サンジの脚が上がらない状態だったのは、幸いだったと言えよう。

 

Fin