何かの始まり A-7

エレベーターが止まる。
ちょっと待て、と切れ切れに言いながらも、しがみついているコックを抱えるように

部屋にもつれ込む。
ドアの鍵を後ろ手で閉めながら、壁にもたれさせて再び唇を合わせようとした、その時、

腹に衝撃を受け、吐きそうになりながらうずくまる。

 

「何しやがる!アホコック!」
「こっちのセリフだ、クソマリモ!待てって言ってるだろうが!」
「なんでだよ!」
「・・・・・何か言うこたぁ無ぇのかよ。」
「あー・・・誕生日おめでとう?」

 

コックがマンガみたいにずっこけた。おもしれぇヤツ。
「じゃなくて!いや、そうだけど。あー、もぅ!ありがとさん!クソ、調子狂うぜ!」

 

スタスタと中に入って行くのを追いかけて腕を掴む。
「逃がさねーって言ってんだろ。」
「アホ!おれはまだナンも聞いてねーぞ。
 大体、レディとよろしくしてきたばっかで、なんでそんなにがっついてんだよ・・・・」
「やってねーぞ」
「はぁっ!?香水の匂いプンプンさせて何言ってやがる!」
ナミもそんなこと言ってたな。
「そんな、匂うか?」
腕を鼻先に持ってきて嗅いでみるが、わからない。


「まぁな・・・。やってこいっつったのはおれだけどよ。
 それにしたって、何人だよ。この匂い、一人の香水じゃねぇだろ、てめぇ。」

 

「色街には行った。

 でもやりてぇヤツがいなかったから、買い物だけして帰ってきた。

 そんときに、ちっと話を聞いてただけだ。」

「好みの子がいなかったのか?」

「いいかげん、わかれよ。てめぇ以外とやりてぇと思わねーっての。

 確認してこないと溜まってるだけだって言い張るだろ。」

「だって・・・おれじゃねぇよ。眼ぇ覚ませ。」

 

「てめぇこそ、なんでそこ譲らねぇんだよ。」

 

「おまえが・・・・・言ったんだ。

 なんで、おれなんだ、って。

 おれは、それ聞いて・・・凍るかと思った・・・。」

 

しまった、と思った。

言った記憶がある。確かに。

そんな深い意味は無かった。

こいつに惚れてる自覚すら無かったんだ。

下半身の爽快感と、こいつと寝た事実が繋がらなくて単に驚いただけだった。

 

「すまん。悪かった。考えなしだった。」

目の前で、蒼白になっていくコックに頭を下げる。

下げた視界に入ってきたコックの手までブルブルと震えている。

手を伸ばすと、一瞬早く、震える手が口元を覆う。

「いや・・・重いだろ。思い出すとこうなるんだ。ははっ

 気にしねぇでいいからっ!」

 

後ずさっていくコックを抱きしめる。

「気にしねぇわけねぇだろ!

 謝ったって遅ぇかもしんねぇけど、悪かった。

 好きだ。

 やりてぇから、言ってんじゃねぇぞ。

 好きだから、やりてぇんだ。」

コックの手が背中に回されるのを感じる。

 

「同じセリフを言うな、ばか。」

どうやら、一昨日も同じセリフで口説いたらしい。

 

continue